望むままに思うままに

君に出来ること。君が望むこと。 それは君自身が一番良く知っているはずだ

楽しみ方は人それぞれ

あるコンテンツが好きでも好きの形はいろいろあっていいっていうことを最近よく考えてる。

 

あるコンテンツが好きだったとしても好きの形はいろいろあると思う。

これまで何らかの同好の士同士の集まりみたいなのにいくつか参加したりしたけど周りの人通しは楽しそうに盛り上がってるけど自分はいまいち入れかったりとかして、実はその自分はコンテンツのことそんなに好きじゃないのでは?とか考えてしまってモヤモヤしていた。

 

別にそれが有志の集まりとかなら合わなかったで済むけど、例えば公式が参加型のコンテンツをやったりユーザー同士の交流を促すみたいなことをしてくるとそれに乗っかれないもったいなんじゃないかという気持ちが生まれてしまい、とりあえず参加はしてみる。
けどやっぱいまいち楽しめない。

 

繰り返すけどコンテンツそのもの(例えばゲームとかアーティストとか)は好きで、だけどそこの盛り上げにはついていけないみたいな。

 

 

そのコンテンツが好きならその関係のものを全部知ってたり持ってたり楽しめたりしないといけないみたいな考え方になっていたんだと思う。

 

 

こんな事を考え始めた理由として、少し話は変わるけどここ最近なんとなく仕事だったりが辛いなしんどいなって思うことがあって、自分は自己肯定感かなり低めな性格なので何か取っ掛かりでもつかめればと思って下記の本を読んだ。

(ちなみにどちらかというと個人的には眉唾な自己啓発本で全体としてはいまいちだった)

この本が分けるところの「価値なしモデル」に当てはまりそうだなと仮定すると「他社の求められることよりも自分を満たすことを優先すべき」なのだそうな。

考えてるときにこれを思い出して、言われてみれば自分が楽しみたいより「周りが楽しんでるんだから自分も楽しまなければならない」みたいな気持ちだったのかなぁと思うなどした。

 

 

別に楽しめる人は楽しめばいいしそうでないならnot for meでいい。
そう考えることにした。